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【第1章】 『ロッキング・タイム(後編)』

 蛇が通った道は、その蛇でなくてもよく知っている。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」という諺(ことわざ)の意味だ。前者の蛇(じゃ)とは、大蛇に代表されるような、大きな蛇のことをさし、後者の蛇(へび)とは小さな蛇のことをあらわしている。さて、自分はどっちにあてはまるかな…と考えているうちに、正樹はまたひとつ大きなくしゃみをした。

「おや、先生、風邪ですかい?」

正樹に声をかけた石本は背後に正座していた構成員の男に「風邪薬だ! あー、それとたまご酒も用意しろ」と、ひとにらみきかせて急がせた。

「ただいまっ!」

男はいそいそと立ち上がって和室から退出した。

池袋にある、雑司が谷地域を愛する極道の石本組邸宅。その若頭が好んで過ごす和室のコタツに、正樹は向かい合って暖をとっていた。若頭愛用している、桃色のフカフカちゃんちゃんこを着物の上に羽織っているのだが、『極道一筋!』と背中に大きくデザインされていることも含めて、正樹にはきわめて不似合いだった。

「いやあ、助かりました。まさか、『あんなところ』までご存知でいらっしゃるとは」

満面の笑みで感謝を述べる正樹とは対照的に、若頭、石本の表情は沈鬱だった。

「先生、よしてくだせい。大恥以上の体たらくとはこのことでさあ。このあたり一体、ウチの組が目を光らせていたにも関わらず、あんな物騒なもんが地下にあったことを、今まで知らなかったとあっちゃあ、おテントウさまにも顔向けできねぇってもんです」

起爆装置を発見し、さてどうやって地上を目指すか途方に暮れていたときに、石本組の構成員たちが、別ルートのエレベータから降りてきて、一人たたずむ正樹を発見したのである。中川時計店の店主は石本組でも御用達の時計屋であり、気心の知れた仲でもあった。もちろん非合法的な親密関係にあったわけではない…と、今回の件などを考えれば説得力があるかどうかあやしくなった。

「池袋にある、あちこちの取り壊し予定ビルの地下駐車場で、どうにも胡散臭い気配を感じまして、しらみつぶしに当たっていたとこなんでさあ」

そして偶然にもあの二度と行きたくない地獄一丁目のような場所にたどりついたというわけだ。とはいえ、数多くの細工と難関があって、数ヶ月前から探りをいれては、徐々にゴールに到着したという。専門の人員と費用を相当つぎこんだことも説明した。

同様に正樹も話せる部分だけ、かいつまんで説明し、石本も納得した様子だった。

「ありゃあ、相当デカイ規模の組織が、気の遠くなるような昔から手をつけていたとしか思えませんがね」

「深入りはしないことだよ。あとはオカミ(警察)に任せましょ」

起爆装置以外は、全てあのまま残してきた。気絶していた男は改めて石本組の構成員たちが縛り上げてそのまま放置した。あとは地上にあがって、警察へ匿名で通報したわけだが…。

「臨時ニュースも速報も流れませんねぇ…」

時刻はすでに午後9時を回っていた。少し現場の様子を見に行った構成員が確認したところ、数台の覆面パトカーが停車して、捜査員たちが現場検証を行っているとのことだった。

「おまたせしやした、風邪薬とたまご酒です。…どうやら自衛隊の特殊車両が何台も現場に到着したようです」

「やれやれ」

おぼんにのった、たまご酒を受け取ってすすると、今回のことは異国の圧力、あるいは密談がかわされて闇に葬られる出来事になるな…と断定づけた。それにしても…アポロンはまるで人間のようだった。あそこでヤツが爆弾兵器に特攻をしかければ、間違いなく、今ここでたまご酒をすすることも、いや、この場所も消滅していただろう。それをしなかった。ヤツは息遣いまでしていたのだ。しかし、超人的な力に追い込まれたのも事実だ。しかし…。ヤツがアポロンだという証拠といえば、以前もそうだった異なる瞳の色と、ヤツ自身が語った記憶になるわけだが、あの地下での行動は、まるで……いくつもの想像力をかきたてたが結局、結論は出なかった。

正樹が深刻に考え込み、若頭が構成員に警察の動きについて指示を出している…そんな重い空気に包まれそうな和室だったが、思い出したように石本が尋ねた。

「そういや、動かなくなった懐中時計、どうなりました?」

下町の時計屋が誘拐されて大変な目にあった…そう思っている石本組若頭が時計屋店主を安堵させるためにギコチない笑顔をつくって尋ねると、正樹も咄嗟に時計屋店主の笑顔を取り戻し、明るく返事した。

「電池をいれかえたらなおりましたよ。明日にでも届けます」

「いや、それにはおよびません、先生。…仕事納め、今日でしょうが? 年初めに伺いまさあ」

「じゃあ、こうしましょう。明日一局、打ちに寄らせてもらうついでに、お持ちします。…大事な時計なんでしょ?」

石本とは囲碁仲間でもあった。

「さすが時計の先生だ。ありゃ、まだ、あっしが駆け出しの頃に、親分からはじめていただいた、あ、あん、ちーく、ってヤツでさあ」

アンティークね。正樹は内心で訂正したが、舌をかみそうになりながら一生懸命たどたどしくも話す若頭を思って、口にはしなかった。今度キチンといえるように教えてあげよう…そう思いつつ、用意してもらった風邪薬を一息に飲んだ。

「苦いなあ」

「良薬ってヤツでさあ。あとはもうグッスリ寝るだけで、ケロッと治りやす」

「ありがとう」

石本は正樹のそばにあるモノにチラチラと視線を流す。どうやら気になっているらしい。

「大丈夫だよ。爆発なんてしない、しない」

「本当ですかい?」

「うん。…けど、知らないほうがいいんだよ。お互いのためにね」

正樹の含んだ言葉で石本は納得せざるをえなかった。ボロボロになった丹前にくるまれている中身の起爆装置は実に複雑かつ精巧に出来ていた。おそらく正樹でも仕組みを理解するには数ヶ月はかかるほどハイテクじみている。ただ、カウントダウンを表示する液晶画面に気になる文字列が並んでいたので、苦労して持ってきたのだ。

『T.IMAI』

 それが何を意味した文字列かは、正樹には把握しかねた。しかし…それを日本人のイニシャルネームで考えれば、一人該当する人物がいる。

「まさかな…」

思わずつぶやいた言葉に、石本組の若頭が反応した。

「先生、どうしやした?」

正樹は慌てて、話をこじつけた。

「いやあ、今日はあまりにも寒いなあと思ってね。雪でも降るのかなあ」

すると構成員が立ち上がって、おもむろに障子を開けた。

「そのようで…」

障子をあけると見事な日本庭園につながる縁側にあたるのだが、そのガラス戸の向こうは雪化粧が施されていた。

「こりゃあ珍しい。積もりそうだな!」

若頭が感想を述べた。その言葉を聞いたのが正樹の記憶の最後だった。

「若頭…先生、眠っちまったようで」

「ありゃ、ちと風邪薬がききすぎたかな。おい、奥の間に布団だ! 部屋を暖めてな」

「へい!」

ばたばたと周囲が準備する音も、夢の世界に旅立った正樹には届いていなかった…。

……はっ!

正樹は目が覚めた。どうやらうたた寝していたようだ。周囲を見回す。馴染み深い時計店の店内だった。

「夢か…去年の暮れの出来事を思い出すなんて……」

季節は変わり、外を歩けばセミの声が目立つ毎日を過ごしていた。あれからずっと平穏な日々が続き、店内のエアコンがほどよく心地よいので、気が緩んでついつい眠りに誘われがちだった。正樹は立ち上がって、軽くノビをした。

その途端、レジの横においてあった携帯電話が鳴り響いた。見ると公衆電話という表示が出ている。慌てて通話スイッチを押した。

「もしもし?」

『あ、先輩? いま、最寄り駅に着きました! これからそちらに向かいますね!』

明るい元気な声が受話器の向こうであふれていた。混乱している記憶を整理して思い出した。相手はこの店の長らく空席だったアルバイト店員候補だ。幼かった相手の姿しか知らない正樹にとって、電話越しの声がどうしても一致しない。空白の時の流れを感じつつ、周囲の時計を見渡すと時刻が昼前目前だった。そして連絡手段が変わっていることを尋ねる。

「おや、携帯電話はどうしたの?」

『何度も連絡したのと、さっき先輩の携帯にあたしの写メ送信したら電池切れちゃって…先輩、いまのあたしの顔知らないでしょ? もう見ました? うわっ…いま、ひょっとして、おなかの音、聞こえました?』

ガチャ、ツーツー。正樹が返事する間もなく電話が突然切れた。通話時間がなくなったようだ。数秒待ったが、携帯電話は眠りにおちたように静かだった。

「小銭切れたのかな…大丈夫、道順は教えてあるんだ、たどりつけるさ。…でも、地図持ってないって言ってたよなあ。いやいや、確か高校生なんだ、もっと信用すべきだ」

しかし池袋である。まさかナンパされて、食事おごるから…といった、甘い言葉に誘われないだろうか……。

「いやいやいや、だ、大丈夫に決まって、る……」

小さな店内をグルグルと何周もして、ついにあきらめた。先代オーナーも言ってたじゃないか。「考えるな、感じろ」と! 正樹は忘れ物のないよう(とくに相手の姿が写メで受信されているであろう携帯電話をしっかりつかんで)身支度を整えると、臨時休業の札を表の入り口にたてかけ、電話してきた場所から迷いそうな方向を予想して駆け出した。快晴でまぶしい陽射しと、さわやかな新緑の匂いに包まれた風が心地よかった。さて、数年ぶりの再会の照れくささをどうごまかそうかな。正樹はいろんなアイデアを浮かべ、自然とこぼれそうになる笑顔をこらえながら、街中を駆け抜けていった…。

 再会する相手の名は今井あんなという女子高生だった。数ヶ月前の年末におこった出来事で回収した、起爆装置に表示された文字列…『T.IMAI』という文字に一致する『今井 武(いまい たけし)』の妹だ。

 止まっていた時間が動き出すのは、目前であった。

(See You Next To “ドラマCD Disc:1”)

(*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません)

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