MENU > BOOK   【前編】 ・  【中編】【後編】
image


背景色 文字色

注:ブラウザソフトによっては機能しない場合があります

【第3章】 『サプライズ・タイム(前編)』

 梅雨も明けた7月初旬。

 空を見上げれば陽射しがまぶしく、一年で一番陽気な気分になる季節が目前まで迫っていた…はずなのに、渋谷 遊人(しぶや ゆうと)は、自分の机の上に両肘をついて頭を抱えていた。

「なんで、いつもいつもいつもいつもいつもいつも…」

すぐ隣りで冷ややかな視線を送りつつ、立ちつくすしかない遊人の部下は内心、ご愁傷様と同情をよせていた。

 遊人の「いつも」という言葉がだんだん小さくなっていく。悪夢の呪文がとぎれて、ついに疫病神が召還された…ということはなく、出現したのは遊人本人の絶叫だった。

「…いつも、僕がこんな目にあうんだああああああああああああああっっっ!!!」

 不公平な気持ちを絶叫で表現する直前、そばにいた部下がタイミングを誤らずにさりげなく両耳をふさぐことが成功したのは、それが日常茶飯事の出来事であったからだった。

 警視庁池袋中央署。ネオサンシャインシティの敷地内に建てられ、「輝ける都市計画」によって、新たに新設された警察署である。一般市民からはその長い名称は「池袋署」と略され、ごく一部の人間からは「乙女署」と呼ばれている不遇な警察署である。前者はともかく、後者の理由は配備されている警察官が乙女チックな人材で構成されている…わけでもなく、乙女が駆け込んでトラブルが発生することが日常的である警察署…というわけでもなかった。

 池袋の乙女ロードと呼ばれる、特殊地域の最寄にある警察署…という理由だけで、いつの間にか定着したのだ。人事配置にいたっても公平に配備され特殊性など見受けられなかったのだ…署長をのぞいては。

 年齢23歳。東京大学法学部を現役で入学、在学中に国家公務員試験の第T種…通称キャリア試験に合格して、卒業後は警部補から最低7年を要する警視正に、わずか一年で昇格し、多くの経験と実績を積んだ人物のみが与えられる警察署の署長に任命された…のが池袋中央警察署の若「すぎる」署長の略歴だった。

 過去に一件の例もない、この前代未聞の人事当事者が…渋谷 遊人である。入社一年目の新入社員が代表取締役(社長)に大抜擢されたようなものだが、残念なことに彼と同じ成績で警視庁に入庁した人物が、彼だけであった…わけではなく、同期からは「冷徹な」歓迎を受け、現場配置された池袋中央署でも孤立無援に等しい状態だった。その理由の一つに、遊人自身の人格が異例の警察人事を実例に刻んだほど、遠く比例していなかったからである。それは彼自身の悲劇でもあった。

「署長、お気を確かにしてください。まず、今回の事件につきましては……」

自分よりも倍の人生経験を備えている森岡副署長になだめられる姿はやさしい父と経験未熟な我が子を連想させた。その親子ほどの年齢とは反比例する、上司である息子役の人物が大粒の涙を流しながら、部下の父親役をキッとにらんで豪語した。

「わかってるよ! 今回も『迷宮入り』で処理するんだろ!? う、うわあああああん!」

悔しさの感情が決壊し、ついに遊人は泣き崩れた。彼の机の上には高さにして数10センチはある書類が上積みされている。池袋中央署捜査一課、つまり遊人の部下たちが作成した報告書であった。報告書の主題は「石本組襲撃事件」と記載されている。

「あいつらは、いつもいつも問題を起こしているのに、なんで黙認しなきゃならないんだよっ!!」

「署長、黙認ではありません。…迷宮入り、というよりも事件性なし、です」

遊人は机を駄々っ子のように何度も両手で叩いた。

「通報があったんだぞ! 周辺住民からの電話で『拳銃のような発砲音が何度も聞こえる』とか、『屋敷内で怒鳴りあいのケンカしている声がする』とかあるのに…なんで……なんで、ちゃんとした捜査ができないんだよぉっ!」

「任意で屋敷内はくまなく確認しましたが…問題はありませんでしたし……」

池袋中央署署長は、まるで副署長が真犯人なように詰問しはじめた。

「署長である僕まで出向いて確認したのにっ! あいつらなんで、あんなに親切にお茶まで用意して、進んで家宅捜査させるんだよっ! おかしいじゃないか!? もっと抵抗して、大立ち回りの末、ボロを出させて一斉摘発させりゃあいいものを……」

「見かけはコワモテなんですが…割と情に深いやつらですからねえ……」

 署長は号泣を再開した。

 渋谷 遊人にとっての目の上のタンコブは二つあった。一つは、すでに紹介された石本組で、毎週なんらかの通報があるにも関わらず、現場に捜査員をおくって確認しても平穏無事で処理することがあとをたたなかった。そしてもうひとつが…。

「この薄っぺらい報告書はなんなの?」

A4サイズ一枚の報告書の主題に「時計屋店主、コンビニ強盗捕獲」とある。

「それは、雑司が谷の、ええっと中川時計店の店長が、たまたまいあわせたコンビニで、不審な男がレジのコンビニスタッフに『金を出せ!』と包丁をつきつけられたところを…」

署長は機嫌悪そうに、その顛末が書かれている報告書をつまんだ。

「説明しなくてもわかるよ。あの時計屋が捕まえて大手柄なんだろ! しかも、まただ!!」

「ええっと、これで…47件目でしたかな?」

「58件目だ! …おかしいだろ!? 58回もそんな強盗や犯罪がらみの現場に居合わせて活躍するなんて! あいつは小説かマンガ、それともドラマCDの主人公か!?」

 しかも、全部大活躍じゃないか! 警察の面目まるつぶれだよ、あのイカレ時計屋め! …そう悪態をつく署長の愚痴は今日も絶えないなあ…と、内心、愚痴をこぼす森岡副署であった。

 署長室で遊人が副署長相手に所轄の出番を全部持っていく二大柱に呪詛をはいている頃、階下を降りた池袋中央署の1F受付に、制服姿の女子中学生がやってきていた。

「あ、あの、こちらに…し、しぶや、ゆ、ゆうと、さんって人、いますか?」

応対した受付の婦人警官が、一瞬、よからぬ想像に傾きそうなのを払拭して、女子中学生に応じた。

「ただいま『重要な』公務中のため、緊急でないかぎりはお取次ぎできませんが…一体なんの御用かしら?」

女子中学生は驚いている様子だった。…どうやらお目当ての人物が署長であることを知らないようである。渋谷警視正のことを詳しく教えるべきか迷っていたのだが…その婦人警官の動作を停止させたのは、女子中学生が勇気を総動員して鞄の中からゴソゴソと取り出したものを見てしまったからだ。

「こ、これを……」

かわいい手紙だった。黄色に花柄でふちどられた表面には「しぶや ゆうと さまへ(ハートマーク)」と、書かれている。学生時代、自分も数回は思い立って実行にうつさなかった行動を、まさか警察官になって橋渡し役になるとは…そう思いながら婦人警官が唖然としながらも差し出された手紙を受け取ると、周辺にいた警官たちも呆然と立ち尽くしいるのにようやく気づいた。そこにいた誰もが女子中学生の様子を見守っていたのだ。社会の秩序を守る公務員の時間を一斉に停止させることに成功した女子中学生だったが、そうとは知らず頬を桜色に染めながらかぼそい声で「か、かならず、渡してくださいっ!」と、言って去ってしまった。

 ……。

 予想外の静寂から開放されたあとに押し寄せたのは、疾風怒濤の阿鼻叫喚だった。その出来事がアッと言う間に署内全域に浸透し、当然ながら署長室に各課の課長と年配の警官が一斉につめかけて、署長の机の前で「節度ある対応を!」「警察官僚のスキャンダルは風化させるのに膨大な月日がかかります!」「それともすでに取り返しのつかないことを!?」と詰問口調での小競り合いが勃発した。

「知らん! わからん! 記憶にない! 当然ながら家族にも、身内にも該当者なんていないよ! 当たり前だけど…後ろめたいことも、未成年に対する問題ごとも起こしてないっ!!」

 おそらく自分一人vs署内全員である。その上、年齢的に言えば年少から数えたほうが早い署内トップの遊人が沈静化させることは全然不可能だった。遊人には全く身に覚えのない出来事だったが、誰一人、納得しなかった。遊人が池袋中央署に赴任してからというもの、署員は不遇の日々を重ねてきたのである。石本組の騒動と中川時計店、店主の活躍が目立ち始めたのは遊人が署長として着任してからだ。署員は日ごろから鬱憤がたまり、そのはけ口がついに見つかり、署長に向かっての総攻撃は容赦がなかった。学生時代の淡い恋愛模様を厳格な職場に「持ち込んできやがった」という想いが不思議な起爆剤となり、ついに化学反応を起こして暴発した結果である。

「相手は女子中学生ですよ!」

「地域周辺から問い合わせがあったら、なんて答えればいいんですかっ!」

「身の潔白は証明できるんですか!? ホントに!?」

署員のマシンガン的な尋問に、若「すぎる」署長はありったけの大声で叫んだ。

「わーかったっ! 開けるよ! みんなの前で! いまここで! 潔白を証明するからっ!」

 静寂が一瞬はりつめたのもつかの間、その署長の一言で「誰かムービーカメラ持ってこいっ! 証拠撮影するぞ!」と慌しく状況がセッティングされ、どういうわけだか鬼気迫る署員たちと録画作動しているムービーカメラの前で手紙を開封することになった。署長が深々とため息をつきながら改めて手紙を手に取り、裏面を見るとハートマークのシールで密封されていた。机のひきだしからペーパーナイフを取り出して、遊人を取り囲んでいる署員たちが固唾をのんで見守る中、ゆっくりと丁寧に開封した。

 中には便箋が一枚入っていた。かわいい有名キャラクターのイラストが入っているもので、文面は以下のものだった。

『都立池袋中央中学に通う、溝口 凛(みぞぐち りん)という女子中学生を誘拐した。こちらの要求は昨年末に発生した池袋地下内でおこった、極秘裏の大規模な爆弾処理の全貌をマスコミを通じて公式発表することだ…』

 それ以上の文面を読み取る前に、遊人は頭から急速に血の気が失せてしまい、気を失ってしまった……。

(To be Continued…)

(*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません)

<<BACK ・ NEXT>>

ページトップへ

-IKEBUKURO SUNSHINE DAY- MENU

Copyright (C) SevenColor All Rights Reserved.
inserted by FC2 system