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【第3章】 『サプライズ・タイム(中編)』

「署長! いつまで寝てるんですか!! あんたの事件でしょ、これはっ! …あ、あれ?」

遊人の部下にあたる刑事課強行犯係の黒槻(くろつき)巡査部長は、医務室にかけこむなりベッドをとりしきるカーテンを開けたが…そこは無人だった。

「! さては…ビビって逃げたか! あンちくしょうめーっ!」

 その当人は脅迫内容の書かれた手紙の内容を思い出しながら、携帯電話からの指示を頼りに、ネオサンシャインシティ内の階段をおりて地下1Fに向かっていた。脅迫文の後半は「次の指示まで待て」というものだったが、医務室でささやかな安眠をむさぼる間もなく、直接、携帯電話にかかってきたのだ。

『誰にも気づかれずに、一人できてもらおう』という指示のもと、遊人は誘導に従わざるをえなかった。ボイスチェンジャーで声が加工されているのか性別まではわからない。着信番号にも見覚えがなかった。どうやって僕の携帯番号を調べたのかわからないけど…絶対、逮捕してやる! 自分の力「だけ」で成績をあげて必ず念願の本庁勤務だっ!! ポジティブに自分自身を叱咤激励しながら、指定場所の『シャイニングエレベーター』と呼ばれている、サンシャイン60の最上階に位置する展望台への直通エレベーターに到着した。そこには遊人を誘導した人物がにこやかな様子で待っていた。

「Очень притно! Кстати, Говорите ли вы русский?」

遊人は絶句した。相手が発した会話とその姿に。戸惑っている遊人を苦笑しながら、相手が同じセリフを繰り返すとなんとか返事をすることができた。『はじめまして! ところでロシア語は話せるかしら?』と、言っていたのはわかっていた。

「どうもはじめまして。…悪いけど英語ぐらいしかしゃべれなくてね。ロシア語はそんなに得意じゃないんだ」

今度は相手が絶句したようだった。遊人が最初は日本語で、次に綺麗なロシア語で同じ内容を言ったからだ。

「それって日本のシュトーク(冗談)? …笑えないなあ。ま、いっか。とりあえず乗って!」

相手も綺麗な日本語で応対してきた。どうやら負けず嫌いらしい。タイミング良く直通エレベーターのドアが開いて、相手が先に乗り込む。遊人はさらに混乱していた。今日は年に数回あるかないかの展望台の臨時休館日だ。それがなぜ動いているんだ? しかもロシア語? 完璧で綺麗な発音だった。何も問題ない…その姿さえ知らなかったら、だ。

「さ、早く!」

ええい、なるように、なれ、だ! 遊人は乗り込み、その途端、扉が閉まり上昇をはじめた。遊人に向かって笑顔を振りまく相手に、小さなため息をついて、意を決して尋ねた。

「きみのその制服…都立池袋中央中学のもの、だよね? …溝口 凛ちゃん、だろ?」

ニコッと愛くるしい笑顔を見せながら彼女は元気よく返事した。

「正確にはちょっとハズレ。なぜなら…この子を気絶させて、その間に憑依しているのが『あたし』だもの」

遊人は笑いとばそうとして、できなかった。瞬間、凛が気を失って倒れそうになるのを支えている間に、その場に立ちつくす、不透明に微笑む霊体と目があったからだ。

 遊人は海中から地上に放り出された魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。その霊体が、支えている凛の背中から着ぐるみを身に着けるかのようにスッと溶け込むと、再び凛が目をさました。

「ご理解できて?」

ニコッと微笑む凛の笑顔に「あ、はは、ははは…ま、まあ、超魔術にしちゃあ、よ、よよ、よく、で、できてるよ、なっっ!」としかリアクションできなかった。

凛はきらきらと澄んだ瞳で遊人をみつめると、遊人の様子を楽しむように尋ねた。

「……いま、キミの中でぐるぐる想像しているキーワードを当ててみましょうか?」

遊人のぎこちない笑顔が止まった。まさか、と、思った。

「日本の警察の最重要極秘事項ってなにかしら? 迷宮入りと呼ばれた犯罪の隠された真実? それとも政治に関する裏取引工作の事実黙認? 違うでしょ?」

ゴクリと喉を鳴らした…のは遊人だ。

「…非現実的な、超自然現象に対する黙殺よ」

なんでそんな警視庁の上層部でもごく一部の人間しか知らないことを…! と、本気で問い正したいところだったが、シラをきろう…として、相手のペースにのせられてしまった。

「な、なにを根拠に…」

「根拠ねえ……じゃあ、こんなのはどうかしら?」

エレベーターが到着し、扉が開く。非常灯だけが明滅するフロアで、待ち構えてたたずむ人物が一人いた。

「申し訳ありません。私はあなたに気づかれぬように、あなたをずっと監視しておりました…不審な行動があった場合『処理せよ』と、ある方々から命令されておりましたので」

にこやかな笑顔で多少の後ろめたさをこめつつも、ほがらかに声を発したのは…森岡副署長であった。

 初夏の蒸し暑さも地上250メートル近くに位置する、サンシャインシティ60の屋上にあたるスカイデッキでは無縁だった。涼しい風が流れ、夜空にかすかな星々の輝きが伺える。ああ、全部いっそ夢だったらいいのに…なんて、思いながら、隣でショートカットの髪を手グシでなおしている凛と、かたわらで執事のように控える森岡副署長を交互に見比べていた。

「き、き、きみたちは、な、何者なんだっ! だ、だ、誰がバックにつ、ついてるっ!? きょ、きょ、今日は臨時休館日なのに、な、なんで、こ、ここっ、ここがっ、利用できるんだっ!」

一息になんとか言い終えると、それだけで遊人は疲れてしまった。それをいたわるように、森岡が穏やかに説明しだした。

「…全世界には超常現象の恐怖から一般の人々を守る『七賢者』という存在がおります。その七人のうち、二人が私と…」

「あたしってわけ。んでもって、あたしは世界の10指に入る財閥の一人っ子で…」

「私は、警視庁の超常現象的犯罪を担当している者です。…あくまで極秘事項のお話です」

「ついでにいえば、サンシャイン60は今日貸し切りなの。…あたしが『全部』借りきっちゃったっ。だから、このビルにいるのはあたしたち三人と『関係者』だけよっ☆ てへっ♪」

てへっ♪ じゃ、ねーだろおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!! しかも、それを実行できるって……住む世界、いや話す相手が違いすぎだっっ。遊人は腰が抜けて座り込みながら、かろうじてさらに質問を続けた。

「な、なんで、ぼ、ぼ、僕にそんなことを、う、打ち明けるのさっっ! ぼ、ぼぼ、ぼっ、僕はっ、む、むむっ、む、無関係っ、だぞっ!!」

凛は腕時計をちらちらと確認しはじめた。時間が気になる様子だ。森岡も天空を仰ぎ見ていた。いつのまにか、夜空は暗黒の厚い雲に覆われていた。凛が深刻なまなざしで遊人に説明した。

「あなたが、狙われているからよ。池袋の地の底で眠る『魔王』と呼ばれるモノの『器』として適していることが、その配下の者たちに知られたからっ!」

その瞬間、地震が生じた…のも一瞬で、天空に七つの人物らしき物体が古びた布に包まれて、暗い輝きを発しながら遊人たちを見下ろしていた。両手に大鎌を構えている。

「『死神』って言えばわかりやすいかしら? あれで、あなたを一振りするだけで魂は抜け落ち、地獄へ直行よ」

「『七賢者』の残り五人も呼びたかったのですが、世界中で、このレベルのことが同時展開されていましてね。いやあ、『魔王』というのはどこにでもいるものですなあ」

はっはっはっ…と、呑気に話す森岡だったが、表情が一変した。

「まさか…『本体』自らご登場とは……! そこまでの力を復活しておったか!」

周囲の空気が極限まで張り詰まった息苦しさが感じられた。そして…暗雲の中から巨大な禍々しい暗黒の翼竜が出現し、『死神』たちの頭上近くで停止すると、その凶悪な赤い眼光が遊人だけを直視していた。

夢なら早くさめろよぉぉぉ……遊人は心底そう思っていた。

(To be Continued…)

(*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません)

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