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【第3章】 『サプライズ・タイム(後編)』

 …気がつくと、医務室のベッドだった。なあんだやっぱり夢じゃないかあ。あははははは。…と、思いたかった。が、現実はいまだ悪夢の情景がかわらず、『魔王』と呼ばれた暗黒の翼竜が地獄の雄叫びを連想させるような怒声を発していた。

呆然としかけた遊人を強引に正気へと引き戻したのは凛だった。彼女は「ごめんね?」とにこやかな笑顔で先に謝ると、遊人の頬を思い切りひっぱたいた! 遊人が反論する間もなく、彼女はスカートのポケットから、あるものをすかさず取り出した。それはおよそ女子中学生が所持しているとは思わない、不似合いなものであった。

「『パピュスの遺産』よ! 何を意味するかわかるわよね!?」

パピュスとはジュラール・アンコールという人物のペンネームであった。彼が本名よりもペンネームで呼ばれることが多かったのは、その著作物がオカルティックな内容にあふれていたせいとも言われるが、その原点は彼が医学生時代まで遡る。生命生成の錬金術に興味を持ち始めた彼が次第に魔術にのめり込み、禁忌の人体実験をへて、ついにその技を完成させたと噂がひろまった。しかし、その完成されたものが何であるかもわからないまま、闇から闇へと都市伝説と化して誰もまともにとりあげることなどなかった。20紀初頭まで『魔術医師』として歴史に刻んだその人物のアイテムをまさか自分が現実に手にする日がくるとは…想像を絶する現実が遊人に直面していた。

「使い方は見たままよ! あとは念じればいい! それがあなたの最強の守護神として召還されるわ! あなたには『魔王』が欲するほどの潜在能力があるのよ! 常識はいますぐこのスカイデッキから派手に投げ捨てて、非常識な突拍子もない神頼みを全身全霊でしなさいっ! 早くっ!!」

そう説明している間にも、凛はスカイデッキの鉄柵の上を軽々と跳躍しながら、二体の『魔王』につかえる『死神』を倒した。神々しい光の長槍を発生させると、それを両手で構えて真横に半円を描くように豪快に一閃し、前後にいた『死神』たちを一瞬で浄化したのである。一方で、森岡は火炎弾をすさまじい速さで何弾も連射して、自分と凛、そして遊人に襲い掛かろうとする『死神』を同時に焼失させていた。

「『本体』を倒さぬ限りすぐに再生します! 署長、お早く!」

遊人は凛から受け取ったそれ…手に持った使い古された手錠を持ち直すと、震える手で自分の両手にかけた。ちくしょぉぉぉ、僕はキャリアで、犯罪者じゃないのに、なんで…なんで自分で手錠なんか……。遊人は、自暴自棄になりながら、あるモノを強く、さらに強く念じた! まさに暗黒の翼竜が遊人の眼前に迫り、『死神』が再生して一斉に攻撃をしかけはじめ、遊人の正面に凛と森岡が咄嗟に防御に入ったときのことだった。

 すさまじい激震が空気を切り裂いた。

その場にいて目撃した誰もが動きをとめ、呆然とした。それは神々しい金色の輝きを発しながら、突如出現したのだ。それは万物の頂点から崇拝された神の使いの大天使でもなければ、すさまじい神力を宿した巨人でもなかった。

「ありえない……」

凛が思わずつぶやいた視線の先には、翼竜の数十倍をはるかに越える超巨大な黄金の折り鶴が降臨していた。

誰もが我に返ろうとした瞬間、その折り鶴からすさまじい輝きが発せられ全てが光に包まれた……。

 …気がつくと、異国の美女が、小さな悲鳴を短くあげて目を覚ました。どうやら自分の体に戻ってしまったようだった。全身を包んでいた神々しいオーラが急速に消失していく…。凛に憑依していた力が強制解除されていた。正確には『あの強大な浄化』の力を受けたのだろう。神の力を最も具現化するといわれた『七賢者』を凌駕したのだ。そして、ある結論に達した。

「嘘でしょ……あの場にあった全ての超常能力や『死神』それに『魔王』すら『あれ』で浄化したっていうの!?」

多少息が上がっていた呼吸を整えると急いで立ち上がり、すぐ横にたたずむ人影をすりぬけて大きな扉を少し押し開いて、はるか上空に位置するサンシャインシティ60の屋上を見上げた。

「……邪悪なヤツらの気配が感じられない。わかるのはすさまじい清浄な静けさだけが漂ってる…!」

さらさらのココア色のショートボブの髪に手をやりながら、水色の瞳は驚きを隠せなかった。それにしてもあんなもので全てを無にしてしまうなんて…滑稽すぎるっ!! 笑いがこみあげそうになったところでポケットの携帯電話が鳴り響いた。急いで通話をオンにした。

「もしもし?」

『お嬢様、そろそろお時間です。必要でしたら増援として三個大隊ほど準備できますが…』

「終わったわ。爺、それよりも一旦、ロシアに戻る。おもしろくなるのはこれからよ! 今度は飛び入り参加なんかじゃなくて、気合入れて準備してこの街に戻ってくるわ! 迎えのヘリは今どこ?」

『まもなくお嬢様の頭上に到着いたします。…それと別件ですがドイツから情報が入りました』

「手短でお願い。こっちも撤収準備しなくちゃいけないから」

『詳しいことはのちほど。ベルリンで不審な研究施設を発見しました。『アポロン』と呼ばれる何かを研究しているようです。…では、用心のためにサンシャイン60内に配置したスタッフもチリひとつ残さず撤収させておきます』

「ありがとう。ヘリに乗ったら羽田に向かうわ。待機中の財閥専用機で一気に帰国よ!」

お嬢様と呼ばれた女性は電話を切った…神話の神様アポロン、ね。ほんのわずかな間、物思いにふける彼女の目の前には、アポロンの妹の名前を持つ自動人形、アルテミスが無表情に彼女を見つめていた……。

「おそるべき潜在能力の持ち主です。スカイデッキで『死神』たちと応戦していた私の『分身』を一瞬で浄化されました。『七賢者』の力など、遠くおよびません。しかも周囲であれを目撃していた、全ての一般の人々の記憶をも跡形もなく浄化したようです」

「『魔王』が『器』として欲するわけだ。しかし森岡、あれは『道具』がなければ何もできん青二才だ。手がかかってすまんが、もう少し鍛えてやってくれ。他の後処理は私が済ませておこう。穏便にな? 『事件は何もなかった』…そういうことだ。それにしてもあのロシアのじゃじゃ馬め。報酬として『パピュスの遺産』を要求してくるとは」

森岡は苦笑して、相手をなだめた。

「全てが結末を迎えたときでしょう? そのときには状況も変わっているかもしれません。『魔王』もギリギリのところで池袋の地底深くまで身を潜めたようです。しばらくはおとなしくしているでしょうな。それに…『パピュスの遺産』を欲する者は、ゾルゲを崇拝する輩にもいると聞きます」

ゾルゲとはネオサンシャインシティができる以前の場所にあった拘置所で処刑された男の名前だった。日本の転覆を狙い、逮捕された収監中に親交のあったパピュスから『遺産』を受け取る手はずとなっていた。彼は人の潜在能力を全て引き出す方法を完成させていたのだ。形状を手錠にしたのは収監されて一番目立たないようにと考慮してのことだった。その願いが叶わなかった残党の末裔が池袋のどこかに潜伏して機会を狙っている…。現在も極秘裏に捜査している項目の一つであった。

「…そうだな、しかしあれを新設された池袋中央署に配属して事なきを得た。あれの志望どおりに配属していたら、警視庁本庁を戦場にするところだった。今回のシナリオも、こちらに飛び火する前にエサとしてまいた甲斐があったというものだ」

副総監室で交わされた内容…ロシアから応援を要請し、取引を水面下で交わした渋谷副総監こと、遊人の実の父親は、自身の仕組んだシナリオを、今回の主役に対して知らせるつもりは全くなかった。欲をいえば、この機会に一網打尽にしたかったのだが…そこまで思考をめぐらして、突如、父親の顔をして、遠い昔を振り返って森岡に語り始めた。

「それにしても折り鶴か…昔、妻が病弱で入院していたときに、あれが『お母さんのために何かしたい!』といって私にせがんだことがあってな? 小さかったあれに教えたのが折り鶴だった。…思えば私があれに手取り足取り見本を見せて最初に教えた何かだった。あれが作った折り鶴を受けとったときの妻の笑顔は格別だったな。その後、妻はすぐに元気に退院したよ。もう少しかかるはずだったのに。…いま、思えばあれの潜在能力が発揮された効果だったのか……いや、かいかぶりだな」

 その思い出の対象者は、人気のない長大な非常階段をゆっくりと『お荷物』を背負い込んで「なんで僕がこんな目に……」と、小声でぶつくさ言いながら降りていた。その声がきっかけだったのか『お荷物』と思われていた人物の意識が急速に回復した。

(暖かい…。なんだろ、この気持ちよさは? まるで宙を浮いているような……?)

 凛は目が覚めた。自分がどこにいるのかわからなくて混乱していた。帰宅途中、確か塾が急におやすみになったから、寄り道していきつけのおいしいクレープ屋さんに行こうと思っていたんだ! …なのに、いま、自分は……?

「きゃあっ!」

「うおっとっ!! …あ、起きた?」

遊人は不安にさせまいと、明るい声で話しかけた。警察は正義の味方! 小さい頃見たTVドラマじゃあ、このあとの展開は感謝されるんだよなっ。遊人は期待していた。

「あ、あの…こ、ここ、どこですか?」

「ん? あー、サンシャイン60の…非常階段の踊り場。確か24階までおりてきたかな?」

「な、なんでおんぶしてもらってるんですか、あたし?」

「はうあっ!? あー、それはねぇ…うーんと、今日、展望台が臨時休館日なのに、若い女の子の声がするって通報があったから、さ…! おー、それだ、それ、うんうん!」

遊人の慌てて説明する様子で、凛は不審に思った。…あやしい。それに通報? あたしが臨時休館してるサンシャイン60の展望台に? どうやって? 全然覚えがなかった。それにしても…この若いお兄さんは警備員のアルバイトでもしてる学生さんかな…?

「…あの、あたし、歩けますから。降ろしてください」

「いいけど、たぶん無理しないほうがいいよ?」

「大丈夫です! …あ、あれ?」

ゆっくりと降ろしてもらったが、身体に力がはいらず、座り込んでしまった、起き上がろうとしても立ち上がる力すら残ってない。

「な、なんで…!?」

「ほら、やっぱり無理そうじゃん。…勉強疲れかな?」

「な…。勝手なこと言わないでください。あ、ちょっと!」

遊人は凛をおんぶしなおすとのんびりと階段を折り始めた。

「まもなく〜、23階〜、かな、多分…」

「あのねぇ…」

身体を預けるしかままならない自分の疲労感がうらめしかった。…それにしても、なんでこんなに疲れているんだろう? はっ! まさか、こ、この人に…!? 凛は悔しくて涙をこぼしはじめた。遊人は嗚咽し始めた凛に気づいて驚いた。

「ええーっ!? な…。こ、今度はどうしたっ!?」

「気絶させられて…こんな人に……グスン、あ、たし……もう、お嫁にいけない………」

「はいいいいいいい!? 待て! まてまてまてっ!! なな、なんでっ、なんでそんな想像に行き着くかなっっっ!?」

「だっておかしいじゃないっ! 学校出るまでなんともなかったのよっ! こんなところ全然知らないもん! きっとクスリか何かで…」

「おいおいおいおいおいっ!! ぼ、僕は警察官だぞっ! け・い・さ・つ・か・ん!」

凛は涙目になりながら、力をふりしぼってスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、カメラモードに切り替えて、遊人の横顔を撮影した。

「なっ!?」

「インターネットで公表してやるっ!!」

「な…なーーーーーぜーーーーーーーじゃあああああああああああああああああああ!!!!」

遊人の理想的な展開は見事に崩壊したわけが、今度は気絶するわけにいかなかなった。

 あれから数日、平穏な日々が続いていた…かに見えた。日々事件は発生したが、自分の身に起きたことと比べれば、どれもたいしたこととは思えなかった。遊人は勤務明けのたびに、いきつけの焼き鳥屋「乙女塾」で愚痴にできない愚痴をこぼしつつ、どれだけお酒を飲んでも忘れられない悪夢も吐露できず、その矛先を自分を見下す部下や大活躍のイカレ時計屋、周辺地域に愛されつつある石本組へと向けて、叶うはずのない本音ももらせずに、今日もクダを巻いた夢うつつの中、客と店員の声を聞くともなしに聞いていた。

「…私で良かったら相談にのりましょうか? 同世代の女の子の悩みなら、ある程度お答えできますよ?」

「ほんとうかい? …すまないね。じゃあお言葉に甘えようかな」

おぼろげに聞こえるそんな声に遊人は内心で反論した。

(女の子? 冗談じゃない! ラノベに出てきそうな破天荒お嬢様に、痴漢呼ばわりする冤罪娘がこの世を支配してるんだ! あの冤罪娘、きっと親父を困らせてるに違いないよ、うんうん……)

遊人が無実で何もなかったことが証明されると、凛は後日再び池袋中央署にやってきて、(いまだ署長と知らない)遊人を呼びつけた。幸か不幸か当人が署内にいたために、呼び出し相手が誰であったかを知っていたようで、気後れした様で受付にやってきてみると、そこには不機嫌な様子の凛が居心地悪そうに待っていた。

「はいこれっ! 『ただのお詫び!』だからねっ! それだけなんだからっ! もっと、しっかりして早くここの署長ぐらいになってエラくなれたらいいわねっ! じゃっ!!」

遊人が何かを反論する間もなく凛は立ち去り、手元に可愛くラッピングされた手作りのクッキーと「誤解してごめんなさい。でも、それだけだからねっ!」というメッセージカードを見比べる間もなく、黒槻を筆頭に周囲にいた署員に問い詰められ、もみくちゃにされる遊人であった……。

 うう、気持ち悪…。気がつくと、雑司が谷にいた。深酔いしたせいか記憶が曖昧だった。いつの間にか、肩を貸してもらっていた女の子と目があった。不安そうに様子を伺っているが、またしても女の子だった! またか! もうこりごりだっ! 遊人は悪酔いに拍車がかかった。…あんたも何か秘密あるのか? もしそうなら全部はけよ? でないと僕が先に全部秘密をバラしちゃうよお? すごいんだぞぉ、ちくしょぉ…。

「はけー! さっさとはいちまえ。はかないなら…僕が吐くぞ……」

あー、もうだめだー…。

「いやー! はかないでーーーっっ!!」

遊人の背中の手錠ホルダーには使いふるした手錠が光り、そしてポケットにはキラキラと輝く黄金の折り鶴が入っていることを、遊人の様子に慌てている彼女…今井あんなが知るはずもなかった。

 さらに驚くべき時刻の激流が目前まで迫っていることも知らずに……。

(To be Continued…)

(See You Next To “ドラマCD Story:2”)

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