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【第8章】 『パーティ・タイム(前編)』

7月も半ばを過ぎて、いよいよ夏本番が訪れようとしていたお昼前。

ここ焼き鳥屋「乙女塾」では、ちょっとしたトラブルが発生しつつあった。

「乙女ロード・サマー・パーティ・フェスティバル?」

アルバイトとして働く「お店での名前」のささみは、聞きなれないイベントと、そのチラシをマスターから渡されて、ツインテールの頭上に「?」がいくつも浮き出ていた。

「そ! …乙女ロードを歩行者天国にして、特設ステージを設置したりの大イベントをするんですって! 盛り上がって好評だったら、毎年の恒例イベントにするそうよっ! それでねっ…」

「乙女塾」のマスターである山崎が説明しだしたのをさえぎるように、カウンター席にいた、池袋中央署の署長こと、渋谷遊人が反論した。

「そんなのが毎年の恒例イベントにされたら、ウチが所轄だから池袋中央署の仕事が増えて困るんだよなあ…」

「じゃかあっしゃいっ、こわっぱがっ!! 調子こいてるとぶっとばすぞっっ!!!! …でね、ささみちゃん♪ そのイベントで『乙女ロード店対抗歌合戦』があるのよっ!」

ド迫力で一喝され、カウンターで怯える遊人にナムアミダブツと小さく同情をこめてささみは唱えた。すかさずバイト仲間のつくねが、さらさらのロングストレートの髪をきらめかせて、おそれおののいている遊人のカウンター席に、食後のホットコーヒーを用意した。

「素敵じゃないですか、楽しい行事ごとのお勤めだなんて…警察官の皆様にしか務まらない大切なお仕事だと思います。…日々、ご多忙かとは思いますが、多くの笑顔があふれるイベントの成功は、誰もが喜びますもの。大成功をおさめれば、ネオサンシャインシティが、さらに観光地になって、その功績が本庁にも届いて表彰されるんじゃありませんか?」

「そうかな…そうだよねっ! よしっ、がんばるかあっ!」

さーっすが、つくねちゃん! ナイスフォロー☆ 署長さんの「やる気モード」のスイッチ入ったみたいだねっ☆

「ちょっと、聞いてる? ささみちゃん?」

「へ? ああっ! はいはいっ、聞いてますよー☆ …って、歌合戦、ですか?」

「ホントはあたしがエントリーしたいのよ? でも…女子限定らしくて乙女心満載の『オカマじゃあダメ!』ってぬかしやがって、あの運営委員会のやつらああああ、門前払いしたことを子孫永劫まで後悔させたるからなあああああ」

 あは、ははっ、あはっ…ささみが愛想笑いをしていると「おーこわ…」と、ボソリとつぶやく人物がいた。遊人の真後ろのテーブル席で食事をしていた石本組のアルマーニである。山崎は聞き逃さなかった。

「…いまなんか抜かしたガキゃあ、一体どこの誰じゃあああっっっ!!!?」

 ……。

 一瞬の静けさのあと、山崎と発言者当人を除いて、全員がアルマーニを指差した。山崎がアルマーニの前に「ゴゴゴ…」という効果音が聞こえてきそうな仁王立ちとなり、にらまれた側は蒼白となった。

「いますぐツケ全部払うのと、しばらく病院で入院するのとどっちが望みか、さあ、ぬかしてみやがれっ!!!!」

アルマーニは有無を言わさずサイフごとテーブルに置いて「全部、お好きなままに!」と、蒼白になりながら頭を下げて平謝りに謝った。「乙女塾」のマスターはサイフごと奪い取り「気をつけなさいね?」と、言いながらエプロンポケットにしまいこんで、満面の笑顔だった。

 意気消沈しているアルマーニの様子をみて、ささみがすかさずポケットからペンを取り出し、さらさらっと、コースターに走り書きをして、アイスコーヒーを運ぶつくねにさりげなく手渡した。つくねはそのコースターをアルマーニのテーブルにおきながらアイスコーヒーをわざとアルマーニに手渡す。

「よく冷えてますから、水滴でテーブルを汚さないように『必ずコースターを見て』おいてくださいね?」

なるべくコースターを強調して、軽くウィンクした。アルマーニがコースターを見ると『マスターにフォローいれとくからっ! サイフ、期待して待っててくださいねっ☆ by sasami♪』と、書いてあった。ささみの方を見ると、ニコッと笑顔が返ってきた。アルマーニは目じりに涙を浮かべながら、両手を組んで天使に祈るような仕草で感謝の意を表した。

 その光景を見て、隣のテーブル席で様子を見ていた今井あんなが、向かいの中川正樹に小声で話しかけていた。

「先輩、ささみちゃんとつくねさんっていい人たちですねぇ! んでもってマスターって、向かうところ敵なしですねぇ」

正樹が笑顔を崩さず小声で返事した。

「警察署長も極道も逆らえないからねぇ…『絶対!』敵にしたくないよねぇ」

「乙女塾」店内には、マスターの山崎、ささみ、つくね、渋谷署長、石本組のアルマーニ、中川時計店の店長とそのアルバイト店員の総勢7名がいた。現在が「乙女塾」のランチタイムで来客側と従業員たちの間柄で接しているわけでは決してなかった。「乙女塾」は開店前の準備中であり、常連客たちが「給料日前なので、まかないでいいからなんか食べさせて〜」と異口同音に空腹を満たすために、似たような時間帯にやってきて、マスターが腕をふるって全員にありあわせの昼食をご馳走している最中であったのだ。とはいえ、正樹はステーキ定食、あんながカルボナーラ、遊人が焼肉定食、アルマーニはひやむぎ、ささみはチンジャオ・ロー・スー、つくねは魚のムニエル、そして山崎は特大ナンのカレーと多国籍満載だった。そのナンをかぶりつきながら「乙女塾」のマスターの饒舌は続いた。

「まこまっこうさんたちがゲスト審査員なの! あたし大ファンで、気合ぶっこんで熱唱するつもりだったのに…あ、でもねっ! お店で働く女の子ならエントリーokなのよっ! 『このあたしが!』出場できないのは残念だけど…この熱い想いを託すから、代わりに歌ってきてっ! ね? お願いっ、ささみちゃん!」

「ええっ! あ、あたし、歌なんてカラオケでアニソンしか歌ったことないですよ? あんまり自信ないなあ…」

「それなら、大丈夫! つくねちゃんも一緒だからっ☆」

「……え?」

つくねがサービスでこしらえた、あんな用のチョコレートパフェを手からすべり落とすも、すんでのところで正樹がそれをつかんだ。「先輩っ、ナイスキャッチ!」と、言いながら、大事そうにあんなが正樹から受け取っている間も、つくねはまだ呆然としていた。

「あの、私も…ですか?」

不安な様子のつくねとは対照的に、ささみは明るい笑顔がさらに増した。

「わーお! 歌唱力抜群のつくねちゃんとなら、なんとかなるかもっ!」

お客さんからの要望で、つくねがたまに店内のマイクでアカペラをリクエストされることがあるのだが、その歌唱力は『「乙女塾」の歌姫』と言われているほどで、つくねがマイクを持って歌い出すと、店内のにぎわいが一瞬でつくねの声一色だけになる。実力は確かだった。

アノ声を間近で聞けるのかあ…ささみも違うイミでノってきた。それに追い討ちをかけるようにマスターが続ける。

「しかもコスプレokなのよっっ! その上、なんと、まっこうさんたちっ、衣装デザイン審査も兼ねてるんですってっ! すでに各店舗のコスプレイヤーが自慢の衣装を用意して優勝を狙ってるって噂よ!」

「! か、各店舗の、コスプレイヤー…ですかっっ!!」

つくねの瞳に闘志の炎がメラメラと燃え盛っていた。ささみのように同人誌も作るがメインはコスプレイヤーのつくねである。そのコスプレイヤー魂の導火線に触れたようだ。もう誰にもとめられないぞっ! …と、ささみは内心思った。そして予想されたセリフが当人の口から発せられた。

「でますっっ!! 相手にとって不足なしだわ…一度、乙女ロードの名だたる『レイヤー』たちとはお手合わせしたかったのよ!」

「…というわけで、ささみちゃんもお願いね?」

しかし、やはりささみには迷う問題ごとがあったのだ。時間ももったいないので思い切って打ち明けた。

「うーん…でも、あたし、コミケの原稿も仕上げないといけないんですよぅ。ブース当選しちゃったし…池袋を舞台にしたオリジナルを考えてるんですけど、なかなか思い浮かばなくて…」

「そーんなの適当に、ここにいるメンツを使って話作ればいいじゃないの!」

「でも、そんな簡単には…」

「ほら、例えばマサちゃん! そーねぇ…! あ、こんなのどうかしらっ☆ …外国からやってきた殺人マシーンに襲われるのを、間一髪で切り抜けてハッピーエンドとか!」

瞬間、正樹が飲んでいたウーロン茶を派手に吹き出してむせていた。

「うわっ、先輩…何やってんですかあ!」

「あ、いや、なんでも…ちょ、ちょっと…な……」

あきれるように眺めるあんなの視線の先には、ズリ落ちた眼鏡を、ゆっくりと気持ちを落ち着かせるかのようにかけなおしている正樹の姿があった。それに気づかず、ささみは妄想を拡大したようである。

「あー、着物きてますから『サンシャイン・ブレード』とか名前のつく秘密の刀で倒すチャンバラとか合いそうですねえ…」

「でしょう?」

「乙女塾」のマスターと従業員が想像力を駆使して話し込んでいる様子とは違い、あきらかに動揺している正樹の様子をチョコパフェをパクつきながら、不審に思うあんなだったが、正樹がすかさず矛先を別の人物へと向けていた。

「そ、そーいうーのは渋谷ちゃんが適任じゃないかなあ。だって、警察署長だよ! きっといっぱい言えない捜査途中の事件があるって!」

「な!? ば、ばかいうなよ、このイカレ時計屋! 何を言い出すんだっっ!」

矛先を向けられた池袋中央署の署長は明らかに動揺していた。

「遊人ちゃんなら、そうねぇ…超能力を持ってて、悪い魔法使いと戦ってるとか…! あ、いーわねー、ダークファンタジー♪」

遊人が椅子から派手に転げ落ちた。

「謎のアイテムとかで敵を倒すんですよねっ! うわ、カッコいいなー! 『マジカルポリス渋谷署長』!! じゃあ、ヒロインはサービスして女子高生、いえいえっ、フンパツしてっ! 超美少女な女子中学生にしておきますねっ!」

「いいからっっっ!!!!! サービスもフンパツも女子中学生もっっ! そして謎のアイテムも、マジカルポリスもっ!! いらんっいらんっっっ!!!!」

「えー、じゃあー、あたし『乙女ロード店対抗歌合戦』出ませんよー?」

「あら、言い忘れてたけど…優勝したら賞金50万円よ!」

「50万っ、ですかっっ!! …あ、でも、あたし優勝なんてそんな…あは、あはは……」

マスターもささみに興味もたせるのが上手だわ…と、つくねは内心思いつつ、すでにコスプレ衣装の新作で勝負しようと決意していた。その「乙女塾」マスターはささみにさらに決定的な一言をもらした。

「ちなみに準優勝は賞金じゃないけど、賞品として…コピックのマーカーシリーズ全色よ?」

ささみの動作が急停止した。…い、い、いま、な、なんて、言いました……?

「現在発売されている、コピックのマーカー…確か、スケッチやチャオやコミック用のもあったわよね?」

「アナログ絵師にとっては、憧れの画材リストに必ず入っておりますともっっ!!!! そ、そ、それが、ぜ、ぜ、全部、も、もらえるんすか……? しかも全色?」

「そうよ」

単純計算しても400色はくだらない。金額にすれば軽く10万は超える…それが賞品として手にはいるのだっっ!! 即答だった。

「やりますっ! あたし、出ますっっっ!! そして狙いますっ、準優勝っっ!!」

「決まりね! じゃあ、その間、悪いけどあんなちゃん、この子たちのお手伝いしてあげてもらえないかしら?」

「ええっ!? あ、あたしですかあっ!? あ、でも、あたし…時計店での店番あるし……ですよね、先輩?」

「あー、うん…石本の若頭がまた年代もん仕入れたらしく、見てほしいんだったよな、アルマーニ?」

「あ、そうです! …まあ、急ぎじゃないとは思いますけど」

「…というわけですから、あたしは…」

「時給1,200円よ?」

あんなの動作が一瞬で止まった。現在のバイト代の倍以上の時給だっっ!! 「アンナモノ」まで膝にのせられた身としては内心では相当気持ちが傾いていた。その様子を不安げに眺めているのは、誰あろう、中川時計店の店主である。

「あ、あんな…? み、店番があるし…な? 無理だよ、なあ!」

アルバイト店員の動揺をおさめようと店主が試みたものの、「乙女塾」マスターの悪魔のささやきが、さらに誘惑の一声をさえずっていた。

「焼き鳥屋『乙女塾』を舐めてもらっては困るわ。従業員に愛の手を! 働いた分は『精一杯っっ!!』お礼し・ちゃ・うっ☆ …頑張ってくれたら、さっきの基本給以外にさらに寸志もつけてあげるわっ! さあっ、どうかしら!」

「や、やだなあマスター、そんなジョークじゃあ、あんなは…」

「やります! いえ、ぜひやらせてくださいっっ!! なんならずっと雇ってくださいいいいいい!!!!」

時計店の店主は唯一のアルバイト店員を一時的にとはいえ、目の前でヘッドハンティングされてしまい、しかも全然阻止できなかった有様に終わった。そのアルバイト店員はというとキラキラと輝く瞳が¥に染まっているように見えた。

「決まったわね! さ、パーティのはじまりよっ!!」

その場にいた女子の思惑が見事に一致した『乙女ロード・サマー・パーティ・フェスティバル』は約二週間後の八月のはじめに開催予定である。「乙女塾」マスターと女性陣がメラメラと闘志を燃やし「勝利をこの手にっっ! えいえいおー!」と、気合をいれている中、その他の男性陣は完全に取り残されていた…。

(中編に、つづくっっっ!!!!)

(*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません)

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